糖尿病の歴史
糖尿病のゆらい
糖尿病と思われる病気については、すでに、紀元前1500年頃、エジプトで発見され、「きわめて多量の尿を出す病気」と記述されています。その後、さらに、ギリシャ、ローマ、インドなどにおいても「糖尿病」という病名で記録に残っていることが発見されました。中国では、漢方の名医張機によって書かれた医学書「金匱要略」では、多くの糖尿病の症状なども記録されています。当時、「消渇症」という病名で、(漢方では糖尿病という病気は「消渇症」と呼ぶ)「三つの過多」と呼ばれ、多食、多飲、多尿の症状で、これまでの医学書にも記述されています。隋の時代、「古今録験方」でも尿が甘いにおいの病状が「消渇症」という病気で記述されています。現在においても、われわれはこれを認識しなければならないと思います。
「糖尿病」という学名「Diabetes」はどこから伝わって来たでしょうか、紀元2世紀頃トルコのアリテスシュドは「多量の甘い尿を出す」症状として「多尿症」と呼び、現在では「糖尿病」と呼びます。ヨーロッパではこれについて気づいたのは17世紀になってからのことです。1776年、ドビソン(Do bison)は、科学的実験から、尿の甘いにおいがブドウ糖によるものであることを確認しました。これによって「糖尿病」という現在の病名が生まれました。しかし、本世紀まで、人々は糖尿病についての認識がなく、治療法もなく、ほとんどの患者がそのまま病死したそうです。
糖尿病の発見
1920年、トロント大学教授バンデング(Banting)により、糖尿病の治療法が研究し始められ、インスリンが発見されることになりました。さらに、1922年インスリンの製造が成功し、患者の糖尿病悪化をコントロールできるようになりました。効果は劇的に現れ、奇跡的に患者の命をとりとめました。それから、全世界の糖尿病で命を落とす人は激減し、1923年、この発見に対して、ノーベル賞が与えられ、以後、研究は日進月歩の勢威で進められています。 「糖尿病の恩人」と呼ばれたジョセフ医師は、「体内のインスリンの分泌量が極端に足りなくなり、血糖値の高い状態になって、尿の中に糖が出てきます。」と言っています。
つまり、「糖尿」の症状は、糖尿病症状の一つでありますが、すべての糖尿病患者が体内から糖尿を排出するとは限りません、糖尿があっても、糖尿病だと判断できない例もあります。この場合は、病院の医師により詳しい検査を受けなければなりません。もしも、自覚症状が出ないからと言って、糖尿病ではないと判断することは、大変危険です。重大な病気が起こることも考えられます。